小狛が寝坊して豪と真白が苦労するお話。


 古びた木小屋に朝が訪れて、雲に邪魔をされたような薄ぼんやりとした陽光が射し込む。普段この刻限には賑やかにお喋りを始めるであろう鳥たちは未だ顔を出さず、不自然なほどに閑静だった。
「小狛、おい小狛」
 些か冷たい木板に座り込んで小狛の頬をひた押しに押すのは、渋い表情の真白だ。前足の柔らかい肉球にこれでもかと力を入れては名前を連呼しているが、当の小狛は瞼を心地良さそうに閉じて寝息を立てるままで、一向に目を覚ます気配はない。
 これは起きないな、と真白は直感的に察し、前足を引っ込めて盛大な溜め息を漏らす。
 その真白の溜め息の少し後にもう一つ、ちゃぶ台を前に書物をめくっていた豪の溜め息があり、その瞬間ぴりりと空気を裂く電流が走った。
「なんだい」
 ぱっと振り返った真白は、不機嫌も明瞭なままの声を刺々しく豪に投げかける。
 一方豪の方は相変わらぬ無表情で、平然としている。いかにも、何をそんなに苛立っているのかと不思議に思うような様子だ。
 それはそうだろう、ただ、普段から気ままな性格である小狛が寝坊しているだけの話。これほど些細なことで苛立つ利点も見当たらないのである。
「寝かせておいてやれ」
 落ち着き払った低い声はその場を治めるかと思いきや、空気は未だ重苦しいままで、少し前に豪が作り終えた朝食も道連れに情け容赦なく冷めていく。
 ふんと鼻を鳴らした真白は、再び小狛の方へ向き直った。
 こう、なのだ。
 普段豪と小狛と真白の三人で行動している際は気にも留めないが、そのうちの豪と真白は決して仲が良いとは言えない。
 子はかすがいとよく言ったものだ。実際の親子ではないものの、まさに小狛がそれである。その小狛が眠っている今気まずい空気が流れるのは、そう驚くことでもない。
 どうにかならないものか、と思いながら、豪は真白と小狛を眺める。小狛が早く起きてくれるに越したことはないが、叩き起こすほどの必要はないということはわかっているから、もどかしいものだ。
「うー、ん」
 何も知らぬ小狛が、ころりと寝返りを打つ。豪と真白が起床を期待してほぼ同時に顔を上げ、二人それに気づいてまたそっぽを向き合った。この空気をどうにかしたいと思うのは同じようである。
 どうやら小狛は起きない。心なしか頬が緩んだ表情で、どんな夢を見ているのか想像できはしないが、豪と真白は早くその夢が完結することを切に願うのみだった。




「ふぁ、あ」
 小狛が大きな欠伸と伸びをしてのろのろと布団から起き上がったのは、いても立ってもいられずに真白がそこかしこを歩き回り、豪が冷めた味噌汁を温め直しながら無意味に混ぜ合わせていたときだ。
「あれ……? 今どのくらいの時間? うちどのくらい寝てたん?」
 小狛は寝癖でふわふわと浮いた髪を揺らし、大きく丸い目を瞬かせ、まだ眠気の残る声でゆっくりと口を動かした。
 小狛が喋るたび、気まずい空気が泡になって溶けて消えていく。
 真白も寝坊を怒る気が失せたのか、尻尾を揺らして静かに「おそようだね」と言った。
「うん。豪さんおそよー……」
 目をこすりこすり裸足でぺたぺた音を立てて豪に寄り、隣に並んで立った小狛は、温め直された味噌汁の芳醇な匂いに目を細めて頬を緩める。
「豪さんも真白もまだご飯食べてへんの?」
 そのまま豪を見上げて首を傾げる小狛。
「みんなで食べないと美味しくないだろ」
 と。それに返事をした豪と真白の声が綺麗に重なる。
 意図せずに口の端を合わせてしまった豪と真白の二人はなんとも言えぬ渋い顔をしたが、小狛はそれは嬉しそうに二人を交互に見て、ふにゃりと花の蕾が綻ぶように微笑んだ。
 いつの間にやらお喋りをし始めた鳥たちは、いつにも増して元気が良い。木小屋には、雲さえものともしないように輝く陽光が真上に近い位置から降り注いでいた。
 ――――つまり。もう、昼である。
 豪と真白は顔を見合わせて胸に空気を溜め込み、今度は意図して口の端を合わせた。
「寝すぎだ、小狛!」
「……かんにん」